原状回復の考え方の変化

賃貸住宅経営をしている大家さんは、入居者が退去をしたときに発生する部屋の「原状回復」について、少なからず頭を悩ませたことがあるはずです。

賃貸借契約では、契約の終了後に入居者は部屋を「原状に回復して」明け渡さならければならない、と書いてあるのが普通です。

この「原状に回復して」の意味合いが大家さんと入居者側で異なるときに、原状回復の範囲や費用の負担をめぐってトラブルになります。

 

かつての原状回復の常識

家賃をもらって貸している部屋でなにか壊れたり不具合が出たときに「大家の費用負担で直さなくてはいけない」ということは、大家さんはよく理解されています。

▶ 参考:入居期間中の大家さんの修繕義務

 

しかし、原状回復については、「住んでいる間に古くなったのだから、次の入居募集をするためのリフォーム代を退去者が支払うのは当然だ」と考える大家さんが大多数でした。

実際、実務的にもそのようになっていました。

長く賃貸管理などに携わっている人はよくご存知かと思いますが、かつての物件担当者(退去立会者)は「大家さんの立場に立って、1円でも多くの原状回復費用を入居者に負担させる」のが仕事でした。

入居者に少しでも多く負担してもらうことができれば、大家さんの出費は減りますから感謝されます。

入居者から取れれば取れた分だけ、そのあとに行う原状回復工事の内容も膨らませやすいですから管理会社も儲かります。大家さんも管理会社もWIN-WINの関係でしたから、積極的に入居者に負担させるようにしてきましたし、それが評価基準でした。

退去する側は、想定外の原状回復費用を求められておかしいなと思ったとしても、こんなものですと言い切られて、新居への引越し作業で忙しくしているし、世話になった大家さんと揉め事になるのも…、預けた敷金の範囲内で納まるようだし…などの理由で引き下がっていました。

しかしトラブルに発展することも多く、裁判で判例が蓄積されていき、ネットで情報が拡散されていくにつれて徐々に常識が変わっていきます。

 

今の原状回復の常識

様々な判例に基づき、原状回復についての基本定義が「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(国土交通省)」としてまとめられました。

▶ 参考:原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(国土交通省)

そこには原状回復を、「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と明確に定義しています。

要するに原状回復は、「貸した時の状態にまで戻す」ことではなくて「わざと壊したり不注意で汚したなどの、通常使用では発生しない毀損を直す」という定義が広く流布されました。

 

ガイドラインが登場した当初は、「この原状回復費用項目の入居者負担はおかしいですよね?ガイドラインに書いてあります」という入居者と、「そんな任意規定知らん!ウチはウチ、ヨソはヨソだからこれまでどおりやってこい!」とおっしゃる大家さん間の板挟みで、管理会社の担当者はかなり苦労したと思います。

あくまでもガイドラインは「ガイドライン」であり、トラブルを未然に防止するための「指針」としての役割は果たせますが、法的拘束力のあるものではありません。

しかし、これまで争われた多くの裁判例を元に作成されていますから、実際に裁判まで発展すると、特別固有の事情がない限り、おおむねガイドラインに沿った判決が出されています。

 

そしてこれから民法の改正が控えています。

この改正では、敷金返還や原状回復に関する基本的なルールが明文化されます。

成立までなかなか時間がかかりましたが、2017年6月2日に公布されましたので、この日から3年以内には法律として法的拘束力をもつことになります。

▶ 参考:民法(債権関係)の見直し(法務省)

 

今では大家さんの間にもかなりガイドラインの内容は浸透してきており、無茶な請求をおこなう事例も減ってきてはいます。

しかし、このような流れを知らない大家さんや管理会社も現実にはまだいます。

内容に過多や不足がある契約書を利用した賃貸借契約はトラブルの元です。大家さんにとっても不利益になりますので、管理会社や仲介店の使っている契約書の内容はよく確認しておきましょう。

 

環境変化に負けない賃貸経営を

原状回復にかかる費用負担の増加は、大家さんの収益を直接的に圧迫しています。

これまでならできたリフォームもお金が足りないからと見送ったり、立て続けに退去が重なると一度にリフォームしきれずに募集のタイミングを逃してしまうことになります。

経営戦略を練り直さなくてはなりません。

  • 少ない費用でできるだけ効果の高いリフォームの方法を考える
  • 平均的に仕上げるのではなくて一部に特色をだす
  • インテリア小物なども使って華やかさを出す
  • DIY可能物件にしてリフォーム代を節約する
  • そもそも退去を出さないための施策に力をいれる、などです。

家賃は下がるのに支出は増える、人口も減る、特に少子高齢化で若者が減る、相続税は増税されるし、競合物件は増える一方。

これまでと同じやり方は通じなくなってきています。市場環境の変化に合わせて賃貸経営も変化していかなくてはなりません。

 

Follow me!

この記事を書いた人

管理人 いろは大家マニュアル Site administrator
地主系大家さんを中心に、賃貸経営に関わるさまざまなステークホルダーを支援する仕事をしています。
守備範囲は広く浅いです。専門的な深い部分はすぐに専門家に頼ります。偏りはありますが、近視眼的にはならないように心がけています。鳥の目、虫の目、魚の目で大家さんのお役に立つお仕事をしていきたい(と願っている)。

【保有資格】
宅地建物取引士
公認 不動産コンサルティングマスター
賃貸不動産経営管理士
2級ファイナンシャル・プランニング技能士
相続支援コンサルタント
相続鑑定士
福祉住環境コーディネーター 他

CONTACT

大家マニュアルでは、より良いサイト作りのために皆様からのご意見や、記事のリクエストなどのご要望を承っています。また、記事中の誤りや疑義に対するご指摘もこちらからいただけますと幸いです。

送信専用の匿名コンタクトフォームです。お気軽にどうぞ